外国人ミュージシャンの日本公演に際して、バック陣を日本のミュージシャンで即席で組むことは、ジャズでもロックでも珍しいことではありませんでした。
フィル・ウッズが初来日したのは1975年のことで、7月31日の新宿厚生年金会館は満席だったそうです。そこに登場したウッズが従えたリズム陣は、市川秀男(b),吉野光昭(b),そしてジョージ大塚(d)でした。ウッズはこの3人をJapanese Rhythm Machineと称しておりました。
1950年代から一線で活躍したウッズは、多くのミュージシャンが迷走する1960年代後半においても、欧州を拠点にして、それまでのハード・バップにフリーの要素を取り入れながら独自の新しい姿を作り活躍しておりました。その際に結成していたヨーロッピアン・リズム・マシーンは1972年に解散して、ウッズはアメリカに戻るのですが、フュージョン全盛時代にあってはウッズが活躍できる場所がなく、すぐに欧州に戻ったのでした。
そんな中でミューズに吹き込んだ作品が評判呼び、再び活躍の場を広げ出した時期に、ウッズは初来日したのでした。
さてこの作品なのですが、確証はないのですが、日本だけの発売だったようです。そしてすぐに入手困難となり、初CD化で私がやっと聴けたのは2006年のことでした。
日本人3人組は、相当に気合いが入っていたはず。そして物凄い緊張感だったはず。勝つか負けるかの演奏だからこそ、この日の厚生年金での演奏は神がおりたのではと思います。ウッズの艶のある音色と切れ込みの鋭さ、そして何よりも素晴らしい歌心が、日本人3人組によって一層素晴らしいものになったようです。
ウッズが敬愛していたアルト・サックス奏者のジョニー・ホッジスに捧げた、ウッズ作の曲があります。ウッズにとっては、パーカーは先生、ホッジスは兄貴分といったところなのでしょうかね。ここではウッズはソプラノ・サックスでの演奏になっており、くつろぎのメロディを優しく演奏し始めます。しかし次第に演奏はエキサイトしていき、先に触れた気合いと緊張感の中で素晴らしい演奏になっております。