マイルス・デイビスの姉さんがシカゴに住んでいた関係で、マイルスは度々シカゴを訪れていました。姉の勧めで、パークシング・ホテル内にあるパークシング・ラウンジでジャマルの演奏聴いたそうです。一瞬で気に入り、シカゴを訪れたおりには、必ずこのクラブでジャマルを聴いていました。
1955年にマイルスが初めてのレギュラー・クィンテットを組む時のピアニスト候補として、ジャマルの名が真っ先にマイルスの頭の中に浮かびました。それをジャマルに打診したところ、シカゴを離れたくないとの理由で、一大チャンスをあっさりと袖にしたのでした。
そんなことでジャマルはシカゴでライブ活動を行い、かつレコーディングもシカゴにあるアーゴで行っていました。数多くの作品をアーゴにジャマルは残しましたが、代表作はパークシング・ラウンジでのライブ盤「バット・ノット・フォー・ミー」であります。今日取り上げる作品は、その第2集であります。
以上は、日本盤に小川隆夫氏が書かれた解説からの抜粋です。
結局マイルスはガーランドをレギュラー・クィンテットのピアニストに迎えるのですが、そこで度々演奏されていた曲に「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」があります。パークシング・ラウンジでのジャマルの演奏を聴いて、レパートリーに入れた曲であり、本作品でもジャマルはこの曲を披露しています。若干スイング感を持たせて演奏し、この曲の違った一面を導き出しているのは流石にジャマル。また「オール・ザ・シンングス・ユー・アー」での独特の間も見事。1集目の有名盤に劣らぬ内容です。