ライフタイムというバンドの活動は、何期かに分かれるらしいのですが、今日取り上げる作品は第1気の第1作、つまりデビュー作品となります。トニー・ウィリアムズ,ジョン・マクラフリン,そしてラリー・ヤングの3人での録音です。
私は1990年代初めに本作がCD化された際に購入したのですが、恐らくは1度しか聴いていません。復刻に際してのエンジニアであるジェイムス・アイザックスによれば、当時の録音機材は情けないものであり、またマクラフリンが採用した機材(アイザックスに言わせればエレクトリック玩具)により8チャンネル全てにディスト―ションがかっかっているとのこと。頑張ってリミックスしたが、1969年当時の録音技術からみても情けない音とのことです。 これが原因で一度しか聴かなかったのか、所謂ジャズ・ロックに背を向けていたからなのか、それとも両方だったのか、どんなものなのでしょうか。
もともとロック好きが20際ころからジャズを聴きだすというのは、良くあるパターンなのでしょう。私もそんなパターンであり、ジャズを聴き始めた時期は、ジャズ界ではフュージョン旋風が陰り、ロック界ではパンクやレゲエでの盛り上がりが一段落し、両者共にその行く末が見えない時期でした。
ジャズを聴き始めてから10年ほどが経ち、本作品を復刻CDとして購入した理由は、有名作品は一応は聴いておこうとのものだったと思います。それから25年経って改めて本作を聴いているわけですが、思った所は次のようなことです。
一つ目には、当時の若手ミュージュシャンからすれば、この方向に進む人達がでるのは当然の流れだったのでしょう。ミュージュシャンが若い時期に持つ爆発力をぶつけるものを、本作で3人は思いっきりぶつけたのでしょう。
二つ目は、この勢いがその後のフュージョン・ブームに繋がっていくのですが、演奏形態を引き継ぐだけで、その中身はどこかに置き忘れていったことです。
三つ目として、その中身とは先に述べた爆発力のぶつけ合いであり、これはどの時代の若いミュージュシャンにも共通のものだと言えることです。
私のジャズ聴きは家聴き専門ですが、10月に横浜で行われる横濱ジャズ・プロムナードには、日本にいる限り聴きに行ってます。そこでの演奏の中には、この爆発力のぶつけ合いを感じることがたまにあります。
思うままに感想を書きましたが、私はいつかは、ジャズ・ロックと言われた1960年代終盤の動きを、しっかりと聴きたいと思いました。以上。