この盤が発売された際には、ギル・エヴァンスの遺作という紹介のされ方でした。1988年3月20日にエヴァンスは亡くなり、その年初めから入院していたのですから、恐らく今でも遺作なのでしょう。そして、その遺作が、スティーブ・レイシーとのデュオ作だと言うのが、驚きでしたね。確かにギルとレイシーには共演暦があり、またレイシーはマル・ウォルドロンとのデュオ作を発表しているのですが、ギルが小編成での吹き込みを行ったのが驚きでした。この時のギルのイメージと言えば、マンディ・ナイト・オーケストラでの活動でしたからね。
この盤には、思い出があります。横浜のちぐさにこの盤が入荷していて、常連と思われる客の一人が、これをリクエストしました。しかしこのお客、演奏が始まって5分ほどで、マスターの故吉田氏にキャンセルの合図を送りました。違う盤に変えながら吉田氏が、「ギルも何で最後にこんなだらしのない作品を吹き込んだのかな」と言ったのでした。
ギルはエレピも弾いている。アコースティック・ピアノとエレピで、ホンワカした情景を作り出している。その土俵の上でレイシーはソプラノ・サックスで、同様のホンワカした雰囲気を出しながらも、時折突き刺すようなフレーズを出してくる。
持ち替えでソプラノを吹くミュージュシャンは、わがコルトレーンとドルフィーを筆頭に何人もいますが、ソプラノ専念のレイシーさんはこの楽器の個性を全て把握している感じがします。そのレイシーさんも、故人になってしまったのですね。
幾つかの掲示板でレイシーの代表作・お勧め盤の投稿がありましたが、1950年代のPrestige/New Jazz盤と共に挙げられていたのが、このパリ・ブルースでした。その一つの理由は、購入のし易さでしょう。確かこの作品、輸入盤とほぼ同時期に国内盤でも発売された記憶があります。 レイシーの作品としては、1980年代にも欧州レーベルから数多く発売されておりますが、そこまで熱心に蒐集している方は少ないのでしょう。
二つの目の理由は、内容の良さ。これは、ギルの共演ミュージュシャンを引き立てる環境設定の上手さから来ていることでしょう。ギルの代表作と言えばオーケストラ作品なのでしょうが、多人数の音を纏め上げる上手さが光っているからだと思います。
さて横浜ちぐさの件の話をすれば、フォー・ビートばかりかかっている空間では、流石にこの作品は異質の空気になるでしょう。常連の方のキャンセル・サインはその意味からであり、マスターの一言はこの異質を受け付けない音楽観からなのでしょう。