もう2年ほど前にMPSの作品が一挙にCD化された時は大いに喜び、多数の作品を買いました。でも、この作品は購入しなかったんです。理由は名前の響きとジャケから、フリーだと思いましてね。でも、幣サイトの掲示板に、これを大絶賛された記述があり興味を覚え、今回の紙ジャケ発売で購入に至ったという次第です。
封入されている解説によれば、国内でのヤンシー・キョロシーの名前は、1987年発行の寺島氏の処女作によって、認知されるようになったとか。確かに同時期にSJから発売された3000名収録の「新・世界ジャズ人名辞典」には掲載されていませんね。さて、その後発売された「ヨーロッパのジャズ・ディスク1800」から、彼の経歴を少しばかり抜粋します。
1926年にルーマニアに生まれた彼は4歳からピアノを弾き始め、20歳の頃にはハンガリーやルーマニアの民謡をジャズ風にアレンジして、高く評価されたそうです。1960年頃からプラハやワルシャワで活躍し、同年に「jazz recital」を発表しました。その後ドイツに渡り吹き込まれたのが、本作品。J.A.レッテンバッハー(b),チャーリー・アントリーニ(d)のサポートを得て吹き込まれたこの作品、彼のオリジナルと「オール・シングス・ユー・アー」「星影のステラ」などが収録されています。
ここで聴けるキョロシーの強い個性は、攻撃性です。いたる箇所にハードバップ期の様々なピアニストの姿を垣間見られますが、それらを全部吸収した上で、抜群のテクニックをもって畳み掛けるような演奏を繰り広げています。「オール・シングス・ユー・アー」「バイ・バイ・ブッラクバード」でのタッチの強さは、曲の特徴をしっかり押えながら、彼独自の世界を堪能させてくれています。また、「サヴォイでストンプ」でのフリーっぽさの出し具合も、心憎いばかりですな。僕が書くまでも無く、圧倒的名盤です。
この後彼はアメリカへ渡るのですが、知れ渡るような活動は無し。当時のアメリカがフュージョンへ傾いて行ったということも合わさって、恐らく彼をメンバーに受け入れるジャズマンがいなかったという事なのかな。リーダー作でのみ、実力を発揮するタイプ。つい数年前までは、リアルタイムで輸入盤で購入した人、ジャズ喫茶で運良く聴けた人、そして10万円以上で買えるオリジナル盤購入者しかこの作品を聴けなかった。彼の他の作品も、気軽に購入出きるようになって欲しいですね。