1999年12月20日掲載
David Murray Big Band   South Of The Border
DIW原盤                      1992年5月録音

 前年に引続き、マレイはビッグバンドでスタジオ録音を行ないました。前作では、録音前に1週間“コンドンズ”というNYにあるジャズ・クラブで演奏を行なったそうですが、今回も同様のセッションを行なったそうです。メンバーもほぼ前作と同じで、18人+指揮のブッチ・モリスという編成です。以前にもマレイはウェイン・ フランシスというピアニストの曲を取上げましたが、ここでも2曲取上げています。他には参加メンバーのクレイグ・ハリス(tb)、ソネリアス・スミス(p)、ブッチ・モリス (cond)、そしてマレイのオリジナルが収録されています。作曲者自身が編曲を行なって います。もう1曲、ロリンズの名曲“セント・トーマス”が取上げており、アレンジは フランシスが行なっています。大編成なのに、アレンジも指揮も他の人が行なっており、この状態でマレイが全体をどのように操っているのかが、少し疑問ですがね。アルバム・ タイトルから来る、陽気なリズムを期待したいです。

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 マレイはこの時まで に5枚のオクテット作品を録音しており、3枚目の“Murray's Steps”はカリプソの香 を漂わせた、大きな編成でのアルバムの中で僕が一番気に入っている作品です。今回の ビッグバンド作品のテーマは、カリプソの風が吹き込んでいることです。ジャズ界でカリプソ調の曲で誰でも思い出す名曲“St.Thomas”が、1曲目に配されています。ウェイ ン・フランシスのアレンジは、この曲の持味をこのバンドで最大限に活かせる、華やかで跳躍感のあるものです。カリプソ、ラテンの乗りで素晴らしいのがフランシス作の “calle estrella”です。前年に吹き込まれたクァルテットの“Fast Life”でも演奏されていましたが、ビッグバンドでのこの吹込みではメロディの乗りの良さが際立ち、 アルバムの一つの目玉曲に仕上がっています。そしてもう一つの目玉が、マレイの重要な曲で、このアルバムで7度目の演奏になる“Flowers for Albert”です。デビュー・ アルバムでの鮮烈なこの曲の演奏、それは正にマレイの出発点でした。初期のころは、 綺麗で美しく聴く人の心を打つメロディを題材に、激しい即興の世界を築いていました。そんな時代を過ぎたマレイが10年前の吹込みの作品“Murray's Steps”で展開した楽しさが、ここでもスケールアップして聴けます。でもここでの最高の展開は、最後に1分30秒間演奏されている、マレイの無伴奏ソロです。無伴奏ソロ・アルバム以外で、こにような展開されるのは初めてです。しかも、ビッグバンドでの演奏ですので、4年前に発売された時には驚きました。しかし以前に展開された激しく思いを 吐く演奏とは違い、柔らか味があり愉しげで、しかも感動的なものです。極端に言えば、 この1分30秒を聴かせるために、このアルバムがあるようです。とにかく、マレイの 一つの傑作です。