1988年1月の数日間に行なわれたマラソン・セッションでマレイは、素晴らしい5枚のアルバムを残しました。それから3年半後に今度は、6日間で3枚の作品を吹き込みました。ただし今回は3つの作品共に共通のメンバーはなく、それぞれテーマを設けての、二日間づつの録音になっています。最初に吹き込まれたこの作品は、ヒックス(p)、レイ・ドラモンド(b)、そして初共演になるアイドリス・ムハマッド(d)という手堅いメンバーで吹き込まれています。ここでのテーマは作品名通り、 バス・クラ1本でバラッドを吹くというものです。エリック・ドルフィーによって、ジャズの世界で認知されたこの楽器を、マレイは今まで好んで使ってきました。決して余技としてではないのですが、全曲バス・クラだけの作品は、リーダー作品では初めてのことです。マレイの活動を振り返れば、この作品の誕生は当然な流れですね。
大切なのは音。その色と、発せられた時に空気中に広がる緊張感。音楽の重要な要素でしょう。マレイが バス・クラを好んで使っている理由は、テナー・サックスとは違う表現を求めているのではなく、違う“音”を求めてのことでしょう。今までの作品でアルバムの中の1曲だけバス・クラを使用している場合より、この作品ではっきりその部分を認識出来ます。妖艶な色と背骨に電流が走るような緊張感を出すマレイの演奏、そしてマレイとは7枚目の共演となるヒックスのピアノ、思いっきり楽しめる内容です。ヒックスのここでの粒が立っているような演奏は、彼のベスト・プレイになっています。マレイのオリジナル・ブルース“portrait of a blackwoman”での演奏は、リラックスした曲の中にも、楽器の音を存分に楽しめさせてくれていますよ。