1999年10月20日掲載
David Murray      Lovers
DIW原盤         1988年1月録音

 今までマレイの作品作りに加わってきた杉山和紀氏が、ここで大きな仕事を成し遂げまし た。結論から言うと、この1月の数日間でのセッションで、5枚のアルバムを、し かもどれもマレイの代表作と言えるクォリティの高いものを、吹き込んだのです。 杉山氏は、今までヨーロッパのレーベルから、マレイ自身の奔放なアイディアから多数の作品が発表されてきたことに対して、曲目や演奏時間などについての要求をプロデューサーからマレイに対して出す事で、今までのマレイの作品になかったものを引き出せるのではないかと考えました。その要求は、バラッド作品をじっくりと録音することです。しかもタップリと時間をかけてです。しかしながら、バラッド 作品を続けて吹き込んでいたのでは緊張感が続かないと考えたのか、今までのマレイ のように思いっきり吹ける場面を用意したのです。メンバーはそれぞれマレイと共演歴のある、ピアノのデイブ・バレル、ベースのフレッド・ホプキンス、ドラムのラルフ・ピーターソンという顔合わせです。ベースとドラムについてはすんなりした人選ですが、これだけの準備されたセッションで選ばれたピアノが、前年のオクテット作品で初めてレコーディングで共演したバレルというのは些か驚きですが、このことが後のマレイの演奏活動に大きな影響を与えることになります。この作品は、このセッ ションから初めて発売されたもので、バラッドを中心にしたものです。

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 デイブ・バレルという人は、1960年代には アーチー・シェップやマリオン・ブラウン等と共演し、またグラチャン・モンカーⅢ などと360度音楽集団というのを結成していたそうです。つまりフリー音楽にドップリと浸っていた人なのですが、僕が知っている彼はダグラスでのロフト・セッションからで、それ以降はオペラを手がけたりしていた彼なのです。影があるような、人の悲しみを知っているような、奥深いピアノが非常に印象的です。マレイのテナーがバ レルのピアノから影響を受け、新たなマレイの一面をここで花開かせていますね。またバレルは作曲の面でも、その演奏スタイルと同様の素晴らしい作品を提供してくれ ています。ジミー・ギャリソンに捧げた“teardrops for jimmy”で、前述の特徴が示されており、今後のマレイの演奏活動の大きな影響を与えることになります。他の曲も、ホプキンスとピーターソンの快演も加わってモチロン素晴らしい出来なので すが、気になる事が二つあります。1つは“nalungo”が、マレイのマネージャーの ムワンガ作とのこと。長い間マレイの活動を支えてきたひとですが、作曲のしたのは初めてなのです。曲を聴く限りでは、バレルの特徴が示されている曲に思えます。も う一つが“teardrops for jimmy”がドラムレスでの演奏であることです。この曲が このセッションの山場となるだけに、ドラムが欲しかったな。ドラムレスの効果は、他の曲でだしても良かったのにね。まぁ、こんなことはともかく、本当に素晴らしい作品です。