ピアノの鍵盤の数は88、ジャケットの穐吉敏子さんは88歳であります。正確には87歳で、このアルバムが発売された時に88歳とのことです。
「引退ってことはないんです。終わりはないんです。それは必ずしも外で演奏するってことじゃない。むしろ家で研究している方が好きなんです」
「でも、ときどき頭にポッと火がついてコンサートや録音をやりたくなる事があるんです」
2枚組CDに解説にある穐吉さんの言葉ですが、この作品はまさに「頭にポッと火がついて」録音スタジオに入って出来上がった作品なのでしょう。
長きにわたる穐吉さんの音楽キャリの重要レパートリーを中心に18曲収録しており、ソロで14曲、中村泰士のベースとのデュオで4曲演奏しています。
重く優しく心に響くピアノに聴き入った作品です。18曲どれもですが、今回聴いて印象深い演奏のいくつかに触れておきます。
ビッグ・バンドでのイタリア公演の後のレストランでの楽しさを表現した「ミラノの饗宴」、何度かレコーディングしたというスタンダード「想い出がいっぱい」での愛の表現、いくつもの物語が浮かぶような「月の砂漠」(デュオ演奏)、穏やかな心であり続けることの大切さのような「リポーズ」はビッグ・バンドでもソロでも演奏してきた曲とのことです。
いくつも並ぶ穐吉さんの中でも極め付けは「ロング・イエロー・ロード」でしょう。「アメリカで日本人(黄色人種)である私がこれからジャズを演奏していく。これは長い道になるな」、その決意から半世紀以上経ったこの録音時点でもその道のりの中であり、これからも続く、そんな穐吉さんの気構えと誇りを感じる演奏です。