19650218-14

Feelin’ Good
(L. Bricusse – A. Newley)
(6分20秒)



【この曲、この演奏】
 この曲は、レスリー・ブリキューズとアンソニー・ニューレイのコンビによるバラードです。(資料09)

 資料14には掲載されていない曲ですが、私はニーナ・シモンの歌で馴染みのある曲です。YouTubeを見ますと、Michael Bubléの歌も有名なようです。

 コルトレーンの演奏記録は、この日と前日だけ、アルバム「The John Coltrane Quartet Plays」用のセッションだけでの演奏となります。資料07にある情報では、前日には2回、この日に12回演奏しています。しかしながらこの曲はアルバム「The John Coltrane Quartet Plays」には収録されず、世に出たのはかなり後になってからのことで、二つの演奏が発売されました。

 この日の7回目のこのテイクは、その前のテイク6と繋げる形で、1998年に「The Classic Quartet – Complete Impulse! Studio Recording」に収録されて世に出ました。

 スタジオ会話のテイク6に後に続く演奏は、いかに愛が重大であるかを説得力ある語り口のこの曲を、まずは優雅なマッコイのピアノから始まります。そしてコルトレーンのテナー・サックスが登場し、切々とこのメロディを吹いていききます。この時までに恋愛ごとにいくつかの経験を積んできたコルトレーンですので、さまざまな思いが頭をよぎったのでしょうけれど、決して演出過多になることなく吹いている姿には、コルトレーンの人間の大きさを感じます。




【エピソード、ジョー・ゴールドバーグの著書から その1】
 1965年に刊行されたジョー・ゴールドバーグの著書「Jazz Masters Of The Fifties」の中の、コルトレーンに関する思慮に富んだ文章の日本語訳が資料04にあるので、数回に分けて掲載する。

 男性誌「ナゲット」一九六〇年一二月号で、誰かがこんなことを書いていた。「ジョン・コルトレーンにとって過去最良の出来事は、前衛ジャズ・ミュージシャン、オーネット・コールマンの発見だろう。おかげでコルトレーンは・・・自分のやることなすことすべてが、たとえ失敗であれ何であれ、天才の証明として持て囃されてしまうという十字架から解放され、自身の音楽的個性を追求することができた」。これがもし事実なら、なかなかうまいことを言う。ちなみに、オーネット・コールマン論争とは、プリンストン高等研究所の黒板の上で物理学者たちが戦わせた議論のことを言うが、一方、コルトレーンについての議論は、界隈のバーで感情的にケンカ腰に交わされる政治論議的な性質を帯びている。

 一般的に、コルトレーンについて議論する者が持ち合わせている知識は、酒場の賢人のそれと大差ない。コルトレーンはその音楽について確固たる結論を出してはいないため、それを議論するものも結論を出せずにいるのだ。一九五九年以降、猛烈な速さで様々な音楽的アイディアの試行に取り組んできたコルトレーンだけに、そのアルバムも、発売される頃にはもう過去のものになっている恐れがある。レコード評が掲載される頃には確実に時代遅れになっているだろう。だから自分について書かれたことを幾ら読んでも、コルトレーンが共感を覚えるケースはほとんどない。

初収録アルバム

【ついでにフォト】

2010年 ペナン、マレーシア

(2021年6月21日掲載)