‘Round About Midnight
(Monk – Williams – Hanighen)
(5分22秒)
【この曲、この演奏】
モンク作の偉大なこのバラッドは、当初は器楽曲として書かれ、曲目には「About」入りでした。その後にハーニー・ハニゲンが詞をつけた際に「About」になったそうです。(資料14)
このセッションに関連した各資料、オリジナル発売のレコードでは、資料08を除いては「About」入りの曲名表記となっています。
資料06によれば、コルトレーンのこの曲の演奏記録は6回となっています。最初が本セッションの2週間強前のマイルスのCBS、本セッション、そして1958年6月のルグランのセッションでした。その後の3回はマイルス・バンドでのライブであり、非正規盤で世に出ております。
名曲を名演なのですから、ジャズ史に残る演奏であります。前半はマイルスのミュート・トランペットが、人生を振り返っているかのような、静かに心に差し込んでくる演奏です。一転して後半はコルトレーンが、もがきながらもこれからも進んで行く決意を述べているような演奏です。
このマイルス・クインテットが活動してから早一年が過ぎたのですが、この5人が一丸となる演奏は強力無双であります。
【エピソード、ヤク中・アル中のコルトレーン】
この1956年までのコルトレーンには、酒と薬がつきものだった。これから数回に渡り、そんなエピソードを紹介して行く。
先ずはコルトレーンが薬に手を出し始めたとされる1953年のお話を、資料1から。
「麻薬中毒は1920年代に、多くの黒人ミュージシャン達が例のスピーク・イージーで演奏した頃から始まったものだと思う。それを黒人街に持ち込んだのはギャング達だ。白人ギャング連中は、人間と思っていない黒人達に麻薬を売りつけて金もうけをしていたのだ。麻薬が社会問題になったのは、それが郊外の白人住宅地に入り込み中流階級の少年たちが麻薬を打つようになったからである」 ボビー・ティモンズ
「ミュージシャンたちがどっぷりと麻薬の世界に溺れてしまった理由は、彼らが音楽家として芸能人としてお互いに近づき、できるだけ親しく理解しあおうと望んだからだと思う。そこで麻薬をやるのが仲良くなるのに一番いい方法だと考えたのだろう。だから新しくバンドに入ったミュージシャンが、先輩と一緒に注射針を腕に突き刺すことによって、親しさを示すのは当然だというような習慣が生まれていたのである」 ジョージ・フリーマン
いつどこでコルトレーンが麻薬に手を出したのかははっきりしないが、アール・ボックス楽団を離れて、ジョニー・ホッジスのバンドに参加する前に「お仲間」によって麻薬、それもヘロインの世界へ引き込まれた。この「お仲間」が誰であるかは、誰も知らないと言われている。
【ついでにフォト】
2006年 香港
(2019年2月28日掲載)