If I Were A Bell
(Frank Loesser)
(8分16秒)
【この曲、この演奏】
1950年の大ヒット・ミュージカル「ガイズ・アンド・ドールズ」でのこの曲は、エラやリタなどの歌手に愛されていますが、ジャズ界で人気曲になったの理由は、マイルスが本セッションで取り上げたからでした。(資料14)
コルトレーンはこの曲を3回演奏している記録がありますが、全てマイルス・バンドでのものです。最初が本セッション、2度目は1958年9月9日のプラザ・ホテルでのライブでCBSから発売されました。3度目は1960年4月8日のチューリッヒでのライブでの演奏記録があり、ブートレグで1993年に発売されました。また4月10日(9日の深夜)のアムステルダムでもこの曲が演奏され、2012年にブートレグで発売されています。
マイルスはコルトレーン脱退後の1960年代の演奏ツアーでも、8回この曲を取り上げています。(資料08)
さて演奏ですが、マイルス・ミュートの演奏なかでも人気が高いだけあって、「もしも私が・・・」との女心を端正に表現しています。またガーランドの出だしのピアノは、小躍りする気持ちが切れ味よい演奏です。そしてコルトレーンですが、演奏の勢いづけのような役割でした。
【エピソード、マラソン・セッション】
コロンビアとの契約を得たマイルスが、プレスティッジとの残りのレコーディング契約を果たすために、この年の5月11日と本セッションでアルバム4枚分を一気に録音した、これは資料10を始めに多くの資料で触れられいる。またジャズ聴き始めの方が知るエピソードである。
この効率的なレコーディングは、プレスティッジにとっても効率という意味ではウエルカムだったと思う。
資料11にはプレスティッジ側からの思いが書かれている。コロンビアとマイルスとの関係について、プレスティッジとしてそれに応じようとの意思の元で行われたとのことである。
【ついでにフォト】
2006年 香港
(2019年2月11日掲載、改訂2023年3月2日)