19651001-01

OM
(John Coltrane)
(28分56秒)



【この曲、この演奏】
 宗教上の重要な言葉を意味するこの曲名は、「オーム」との発音が実際に近いとのことです。この曲名での演奏記録は、本セッションだけです。30分弱のこの演奏ですが、1968年の発売時にはA面とB面に分割して収録されました。

 さて演奏ですが、集団即興演奏であり、崇高な儀式であり、音の洪水であり、音の繋がりであります。30分近くを気持ちを集中して聴き通すのは難しいものですが、目の前を流れていく音楽が、時に自分の心に飛び込んでくる瞬間は、実に輝くものです。私にはこの演奏の宗教的背景を理解するのは無理ですが、この演奏に感じ入る瞬間は確かにあります。

 これ以降のジャズ・シーンは様々な流れに分かれていき、その中には1970年代前半の欧州のマイナー・レーベルから発売された集団即興演奏の数々があります。それらはある意味でごった煮のようなものでしたが、そこにはこのコルトレーンの「オム」の影響を私は強く感じます。




【エピソード、このセッションについて】
 先ずはその日付であるが、ラジオ局が収録し後にインパルス!から発売されることになった、9月30日のライブの翌日である。

 次にこの10月1日には、引き続きシアトルのペントハウスでのライブ演奏を行なっていた。

 このセッションでの演奏メンバーは、前日のライブ盤にクレジットされた6人の他に、前日に出演していたかもとされている Joe Brazil がフルートで参加している。

 最後に録音場所と録音技師であるが、Jan Kurtis が録音技師であり彼のスタジオで収録された。この Jan Kurtis は前日のペントハウスでのライブでも録音技師として参加しており、また彼のスタジオはシアトルに隣接するリンウッドにある。(資料07より)

 この情報から想像するに、数週間に及ぶ9月のライブで何かの感触を得たコルトレーンは、それをすぐにスタジオ録音で残したいと思っていた。そこにラジオ収録の録音技師の Jan Kurtis 所有のスタジオが近くにあることを知り、過密スケジュールとなるのに、この「オム」のセッションを行ったのであろう。

 さてこの作品は1968年1月に発売された。ただしイギリスでは1967年にこの演奏が発売されていたのだ。1967年1月にインパルス!は「クル・セ・ママ」を発売し、イギリス側でのLPレコード制作用に「クル・セ・ママ」のテープを送ったのだが、実はこの「オム」のテープを間違えて送ってしまったのだ。イギリスではジャケットは「クル・セ・ママ」で中身は「オム」というLPレコードが発売されたのだが、すぐに回収されたようである。(資料07)

 
 さてこの「オム」について資料03に興味深い文章があるので、ここに引用する。

 ある意味で、彼(コルトレーン)はアメリカの集団的な潜在意識、崇高なものに惹かれる心情を体現していた。彼はこの時期LSDを服用していたと言われている。シアトルのペントハウスでのライブの翌日、彼は「オム」をレコーディングした。「オム」はコルトレーンがどこに向かって進もうとしていたのかを語るための最適な見本とは言いがたい。これは散漫な、気持ちを苛立たさせる、不可解なアルバムであり、六時間に及ぶジャム・セッションから抜粋された二十九分間の精神浄化音楽である。

 ”オム”とはヴェーダ聖典のマントラであり、神が世界を創った時に発した音だとされている。コルトレーンのレコードでは、最初と最後に親指ピアノ、木笛、鐘が演奏され、バガヴァッド・ギーター(訳註:サンスクリット語で書かれた叙事詩であり、ヒンドゥー教の聖典)の詠唱が出てくる。

 ヴェーダが定める儀礼、聖典が命ずる儀式、それらのすべてがわれなり。父なる精霊への捧げもの、癒しの薬草と食べ物もわれなり。われはマントラであり、澄ましバター。われは奉納であり、それが供される炎。われは世界を生み出した父親であり、母親であり、先祖なり。われは行為に対して成果を授ける。われはすべてを秩序正しく保つ。われはオーム。オーム、オーム、オーム。


追記(2021/10/25)
 2021年10月22日発売のアルバム「A Love Supreme, Live In Seattle」のブックレットに、Jan Kurtis についての僅かな情報がある。
 彼のフルネームは Jan “Kurtis” Skugsted(ヤン”カーティス”スクーグスタッド)であり、カントリー&ウェスタンのドラマー兼録音技師とのことだ。

初収録アルバム

【ついでにフォト】

2009年 みなとみらい、ラ・マシンによるクモ

(2021年8月27日掲載, 2021年10月25日追記)