Filidé
(Ray Draper)
(7分14秒)
【この曲、この演奏】
引き続き、ドレイパー作の曲です。コルトレーンの演奏記録は本セッションだけの曲ですが(資料06)、資料09によればマクリーンのリーダー作「ファット・ジャズ」でも取り上げられた曲とのことであり、またマックス・ローチの作品でも取り上げられています。
マイナーな悲しげなこの曲は、多くの人が心動かされるメロディなのでしょう。テーマでのテナーとチューバのアンサンブルが心憎い雰囲気を出し、それに続くコルトレーンのソロもテーマから刺激されてのもので、このセッションでのコルトレーンの快調な様子が伺えます。続くドレイパーのソロも、かなりの頑張りを見せています。
曲名はギリシャ神話の登場人物のフィリスのことのようで、神話での悲しき物語が、この演奏から聴こえてきます。
【エピソード、ウォーキン・ザ・バーからの脱却】
リズム&ブルースを演奏しながらのミュージシャンとして屈辱的なことを要求されうバーの仕事は、生活費を稼げて、しかもその屈辱を酒で紛らわすこともでき、そこに身を沈めていた多くのミュージシャンにとってはなかなか抜け出せないことであった。
コルトレーンもそんな仕事からなかなか抜け出せなかったが、1952年に抜け出すチャンスを得たのは、これまた人の出会いであった。
アルト・サックス奏者のアール・ボスティックは、1951年に「フラミンゴ」を大ヒットさせ、常に自分のバンドを抱えられる仕事と現金を得ていた。
1952年初めにコルトレーンはボスティックのバンドに参加した。その理由は”クリーンヘッド”ヴィンソンに雇われた時と同じく、自分の選んだ楽器についてもっと多くのことを学び、偉大なサキソフォン奏者と一緒にするためであった。さらにコルトレーンにとって嬉しかったのは、ボスティックが良い条件を出してくれたことであった。
ボスティックのバンドのピアノ奏者は、ジョー・ナイトであった。コルトレーンはすぐにナイトと仲良くなった。コルトレーンのソロの際には、ナイトは演奏し易いコードをうまくつけてくれた。また二人はボスティックの音楽について、彼らなりの研究をしていた。そんな中でコルトレーンはハーモニーにますます関心を抱き、そんな彼にナイトはピアノをできるだけ勉強するようにすすめた。このことはコルトレーンに、「調律された音階とピアノは十八世紀に生まれたもので、ヨーロッパ音楽のハーモニーの源泉である」ことを思い出させた。
またコルトレーンとナイトは、大酒飲みでも同じであった。
【ついでにフォト】
2005年 香港
(2019年11月2日掲載)