Falling In Love With Love
(Rogers – Hart)
(11分40秒)
【この曲、この演奏】
「恋に恋するなんて愚か者の遊び、恋に恋して永遠の恋と思ったが、恋は私から去っていた。最後にやっと目が覚めて」と、ほろ苦い失恋の歌です。(資料14)
このロジャーズ – ハートの名コンビのスタンダード、コルトレーンの演奏はこのセッションだけです。(資料06)
さて演奏ですが、ソロの先発はハードマンです。威勢のよいトランペットを決めていますが、後半になると迷いも感じます。続くマクリーンは陽気に歌うソロで楽しくさせますが、後半には少なからずの寂しさが感じられます。そしてコルトレーンですが、恋を知り尽くした男の骨太ソロを聴かせてくれますが、後半には見栄を見透かされているのに気付いたようま照れがあります。マルのソロは、失恋の気持ちを素直に表現したもので、ベースとシンバルのバッキングもセンス良く決まっています。最後の3管による4小節交換は、男の見栄の張り合いのようで、楽しいものでした。
資料14に掲載されるようなこの曲の名演ではないのかもしれませんが、私にはコルトレーンが加わったこの演奏に愛着を持っています。
最後になりますが、資料06と資料09では「Falling In Love」とこの曲を記載しています。「With Love」抜きの表記も世の中にあるのかとネットで調べましたが、分かりませんでした。
【エピソード、フィラデルフィアでの生活と仕事】
フィラデルフィアに着くと、事前に予約したブラウアーは兄と同じアパートに一部屋で生活した。キンザーとコルトレーンは、フランクリンの叔母が住むビルに部屋を確保し、二人で住んだ。
ブラウアーは米国信号隊の事務所に軍属として働くことになり、コルトレーンは製糖工場の行員、キンザーは食料品店の事務員となった。いずれの仕事も特によくはなかったが、彼らはそれぞれの食によって収入を得て、第二次世界大戦が終わったときに将来の生活設計を立てるための時間待ちをしていた。
1943年11月に、キンザーは徴兵令状を受け取りすぐに入隊した。フランクリンも令状を受け取ったが、甲状腺肥大症との理由で兵隊にとられなかった。
フランクリンはその後に奨学金を受けて、フィラデルフィアのテンプル大学に入り、ジャーナリズムの学位を取得して1947年に卒業した。そして、フィラデルフィア・アフロ・アメリカン新聞のリポーターとなった。彼は数年後に、ミュージシャンとしてのコルトレーンについての、最初の記事を書いたのだ。
【ついでにフォト】
2005年 香港
(2019年6月5日掲載)