Something I Dreamed Last Night
(Yellen – Magidson – Fain)
(10分50秒)
【この曲、この演奏】
マイルスやジュリー・ロンドンが取り上げている曲ですが、有名曲ではなく、資料14にも掲載されていません。
マイルスが取り上げたのは1956年5月11日のマラソン・セッション初日のことで、その演奏は「スティーミン」に収録され、この素敵なバラッドを多くの人々に届けました。しかしながらその際にはコルトレーンは演奏に入れず、従ってコルトレーンのこの曲の演奏記録は本セッションだけとなります。
3曲続けてのバラッド演奏ですが、コルトレーンのサックスの泣き方は実に良い塩梅で、切なさ哀しさを表現しながらも、決して過剰になっていません。そこにガーランドが見事に寄り添い、ハバードが香辛料を振りかけるあたりも、お見事です。
この時のコルトレーンには2年半前のマイルス・バンドでのことの意識は無かったのでしょうけど、聴く方はそこの所を深読みしてしまいます。
【エピソード、A.ブルームのインタヴュー、1958/6/15、その17】
(JC=ジョン・コルトレーン、AB=オーガスト・ブルーム)(資料04)
AB ホッジスとも演ったの?
JC ああ。
AB いつの話だい?
JC 1953年だ。
AB 期間は? そいつは知らなかった。
JC 六、七ヶ月だ。確か。
AB 本当に? 他のメンバーは?
JC ピアノがリチャード・パウエル。それにローレンス・ブラウンとエメット・ベリーだ。(ブルームが何かもごもごと言い、それを聞いたコルトレーンが笑いながら、何かもごもご言う)それからドラムのジミー・ジョンソン。ベース奏者は名前が出てこないな。
AB 驚いたな。君がホッジスとやっていたなんて。
JC ああ、やっていたとも。
AB いい刺激になったんじゃない?
JC 楽しかったよ。とても楽しかった。“真の音楽ってやつを何曲かやったな(笑)。ローレンス・ブラウン。彼のことが大好きでね。とてつもないトロンボーン奏者だ。エメット・ベイリーにも感銘を受けた。それにジョニー・ホッジス。それからアール・ボステックもある意味、とんでもないミュージシャンだ。最初はアールのようなミュージシャンの良さが分からなかった。チャーリー・パーカーを聴くまではね。チャーリーには価値観を大いに揺さぶられたが、しばらくして彼の魔法の影響から抜け出すと、他のミュージシャンも聴くようになった。それに、彼らとのプレイから学ぶことも多いと分かったんだ。大事なのは、物事がどうなっているのか理解しようとすることだ。彼らがどうやって・・・(聞き取れず)まったく異質なプレイをするミュージシャンがいて、君はこう言う。「あれは誰々だ、どこかで聴いたことがある」。で、また他のミュージシャンを聴いて「あれは誰々だ、どこかで聴いたな」とか言う。それから座って、彼らのルーツみたいなものをたどってみると、分かったりする訳だ。彼らも結局は大樹の枝にすぎず、すべては一本の線でつながっているんだとね。だから、今の私は、ジャズをそういうふうに捉えるようになった。俯瞰的に、全体を見るんだ。
ジョニー・ホッジスの後はマイルスだな。次に彼とやった。マイルスのバンドに入る前の数週間は、ジミー・スミスとも仕事をした。オルガン奏者の。
AB 彼は素晴らしいね。
JC そのとおり!(ブルームが笑う)真夜中に目が覚めると、彼のオルガンが聴こえてくるんだよ(笑)
AB (笑)そいつは悪夢だ。
JC ああ、まさに。彼のレコードが悲鳴を上げているんだ。
【ついでにフォト】
2011年 ペナン、タイプーサム
(2020年3月3日掲載)