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ECM-1793 NS
Zehetmair Quartet Robert Schumann
JAZZDISCO.org から
ECM 1793 NS Robert Schumann — Zehetmair Quartett 2003
Zehetmair Quartett: Matthias Metzger, Thomas Zehetmair, violin; Ruth Killius, viola; Francoise Groben, cello; Robert Schumann, composer.
DRS Radiostudio Zurich, Switzerland, August, 2001
Streichquartett Nr. 1 In A-Moll Op. 41, 1: Introduzione. Andante Espressivo – Allegro
Streichquartett Nr. 1 In A-Moll Op. 41, 1: Scherzo. Presto – Intermezzo
Streichquartett Nr. 1 In A-Moll Op. 41, 1: Adagio
Streichquartett Nr. 1 In A-Moll Op. 41, 1: Presto
Streichquartett Nr. 3 In A-Dur Op. 41, 3: Andante Espressivo – Allegro Molto Moderato
Streichquartett Nr. 3 In A-Dur Op. 41, 3: Assai Agitato
Streichquartett Nr. 3 In A-Dur Op. 41, 3: Adagio Molto
Streichquartett Nr. 3 In A-Dur Op. 41, 3: Finale. Allegro Molto Vivace
Thomas Zehetmair について
(WikipediaをGoogle翻訳してそのまま引用)
Thomas Zehetmair (1961 年 11 月 23 日生まれ) は、オーストリアのヴァイオリニスト、指揮者です。
背景
ゼヘトマイヤーはザルツブルクで生まれ、両親がザルツブルクのモーツァルテウムで学びました。彼のフェスティバルデビューは16歳の時でした。彼はナタン・ミルシュタインとマックス・ロスタルのマスタークラスに参加していました。
1994年、ゼヘトメアは自分の名前を冠した弦楽四重奏団を結成した。ゼヘトメア四重奏団はすべての作品を完全に暗譜で演奏し、1年に1つの新しいプログラムを学びます。ゼヘトメアは、ソリストとしてもカルテットとしても、 ECMのためにいくつかのレコーディングを行っています。
ゼヘトメアは後に指揮者としての並行キャリアを築いた。2001年11月、彼はノーザン・シンフォニア(現ロイヤル・ノーザン・シンフォニア)の音楽監督兼首席指揮者に任命され、2002年から2003年のシーズンから最初の指揮者の職に就き、それぞれ3年と6週間のコンサートの最初の契約を結んだ。季節。2005年8月、彼は契約を2008年までさらに3年間延長した。彼は2013年から2014年のシーズン後にロイヤル・ノーザン・シンフォニアの音楽監督職を終了し、現在はオーケストラの桂冠指揮者の称号。2010年にミネソタ州セントポール室内管弦楽団の芸術パートナーに就任した。2015年6月、ヴィンタートゥール音楽院は、2016年9月から3シーズンの初期契約で次期首席指揮者にゼヘトマイアを任命すると発表した。彼は2020-2021シーズンの終わりにヴィンタートゥールでの任期を終える予定である。
2017年10月、シュトゥットガルト室内管弦楽団は、 2019-2020シーズンから有効となる次期首席指揮者としてゼヘトマイヤーを任命し、当初の契約は3年であると発表した。 2021年3月、オーヴェルニュ国立管弦楽団は、2021年から2022年シーズンまでの次期首席指揮者としてゼエットメールを任命し、当初の契約は3年であると発表した。2022年5月からはアイルランド室内管弦楽団の首席指揮者兼芸術パートナーを務めている。
ゼヘトメアはゼヘトメア四重奏団のメンバーでもあるヴィオリストのルース・キリウスと結婚している。彼はワイマールのフランツ・リスト音楽アカデミーとニューカッスル大学で名誉博士号を取得しています。
シューマンの弦楽四重奏曲について
(ウィキペディアより引用)
弦楽四重奏曲 作品41は、ロベルト・シューマンによって1842年に作曲され、以下の3曲からなる。
弦楽四重奏曲第1番イ短調 作品41の1
弦楽四重奏曲第2番ヘ長調 作品41の2
弦楽四重奏曲第3番イ長調 作品41の3作曲の経緯と初演
シューマンが作曲した弦楽四重奏曲は、この作品41の3曲のみである。
1840年に結婚した妻クララが、1842年に結婚後初めての長い演奏旅行に出ている間、シューマンはライプツィヒの自宅で一人暮らしを余儀なくされ、極度のスランプに陥っていた。1840年の歌曲 (「歌曲の年」)、1841年の交響曲 (「交響曲の年」)に続き、新たに室内楽に目を向け、1842年6月4日に第1番の作曲を開始し、約2か月の間に3曲の弦楽四重奏曲を完成した。これらは、シューマンにとって最初の室内楽曲作品である。
フェルディナント・ダヴィッドの率いる四重奏団により、1842年9月13日の妻クララの23歳の誕生日の贈り物として私的な初演が行われた。
楽譜は翌1843年ブライトコップ・ウント・ヘルテル社から出版され、フェリックス・メンデルスゾーンに献呈された。
なお、この1842年は、ピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲がたて続けに作曲され、シューマンの「室内楽の年」と呼ばれる。
感想
本「新版 ECMの真実」から、この作品に触れている箇所(p254)を引用する。
堀内
ツェートマイアー・クァルテットのシューマンとか、(中略)おそらく将来ECMの代表作となるであろう録音が生まれているのは、ひょっとしてシフから受けた影響もあったのかなと。まあ、勝手な想像ですけど。
シューマンの弦楽四重奏曲第1番と第3番は私には縁がなかったが、実力者ツェートマイアーが率いるカルテットのこの演奏を聴くと、弦楽器の硬質な中で妖艶に切なく重なり合っていく姿に、うっとりとした。
2023年7月16日掲載