本「新版 ECMの真実」に、著者である稲岡氏と、ニュー・シリーズの全作品を聴き直した堀内氏の対談があり、「ニュー・シリーズを総括する」とのページがある。そこにニュー・シリーズを理解するキーワードが、二つある。
使命感を帯びた批評精神
故郷喪失者の系譜を録る
このキーワードについて、本「新版 ECMの真実」から引用する。
継続するのは「使命感を帯びた批評精神」
稲岡
今回、ニュー・シリーズの全作品を改めて聴き直すという稀有な体験をされたわけですが、素直に言ってどんな印象を持たれましたか。堀内
それぞれのアルバムから伝わる意志の力ですね。強い使命感を帯びた鋭い批評精神というもの、それが25年間たゆまず持続していることに、まず圧倒されました。一般に、世界的に見てもクラシックのレーベルでは、どこか音楽の悦びというか、芸術性ばかりでなくエンタテイメント性も追求する場合がほとんどだと思うのですが、ECMの場合は非常に禁欲的な雰囲気を漂わせています。いわゆる美しさや透明感といった特徴よりも、印象としてはそちらの方が強いですね。
(p245-246)
故郷喪失者の系譜を録る
堀内
もうひとつ、ニュー・シリーズを特徴づけるものとして、「故郷喪失者」という観点を挙げたいと思います。東欧や旧ソ連など、現代音楽史の本筋には登場しない周縁領域で活動していた作曲家に注目する姿勢というのがあって、一面ではそれは20世紀後半の欧州の政治や文化的な状況に対応しているわけですが、たとえば、グルジアのトビリシ出身で現在はベルギーに住む作曲家ギヤ・カンチェーリ。心は祖国にあるのですが、内戦やロシアとの緊張関係のなかで、祖国はもうかつてとは違うものになっていて、二度とそこへは戻れない。自分がいた時間と場所から激しく引き裂かれている。さらには故郷を離れざるを得なかった悔恨と故郷への情憧にも引き裂かれている。この複雑に屈折した感情を、ニュー・シリーズ全体を通してとても強く感じます。
(p249)
2023年6月21日掲載